イスラエル旅行記 〜Part.2-2 エルサレム〜
エルサレムで感じたこと。。。
エルサレムは学校で歴史を習って以来ずっと行きたかった場所。
私はムスリムの祖父母がいて、またイスラム教・キリスト教・ヒンドゥー教の友達がいる。そして、とても宗教に疎い日本で育った。だから、宗教についてずっと興味があった。
エルサレムの旧市街での出来事。
迷って狭い路地に入った時、約3〜5歳のアラブ人の子供達に出会った。彼らは私に気づいた途端、「NO AMERICA, GO GO」みたいなことを叫びながら私に向かって来て、さらにパンチしてきた。またアラビア語で何か話てきたので「I AM SORRY, I CAN'T UNDERSTAND YOU」というと、「NO ENGLISH, ARABIC」と言った。
アメリカがユダヤ側を支援している為にそういうことを言っているのかは確証ないけど、政治・教育状況が彼らをそうさせていると思うと、悲しくなった。幼い子達はまだ深くも考えることができず、親や周りの人の真似をしているだけだ。
知っているアラビア語を少し話たら、子供達は少し笑顔になった。
また、私は母親の友達でユダヤ人と結婚した日本人女性とエルサレムで会った。
彼女は、イスラエル人に会った時、ムスリムのアラビア人の友達がいるかどうかとよく質問するそう。だけど、今まで一人も「いる」と答えた人に会ったことがないと言っていた。
旧市街内では一見うまく共存しているように見える。だが、ムスリム・ユダヤと知った途端に友達になれない。本当におかしな話だと思う。
また他の出来事。
私がベンチに座って休憩していた時、クリスチャンの女性がやってきて、会話を始めた。ある程度話した後、突然彼女たちは聖書について熱心に話し出した。私が何かコメントすると、すぐに聖書の話に戻した。宗教熱心な人には普段会わないので、彼女たちが聖書に執着しているように見えて少し怖かった。最後に彼女は「信じるかはあなた次第だけど、全ての答えは聖書にある」と言った。
もちろん誰もが様々な意見や考えを持っている。そして、それを尊重すべきだと思う。だけど、私は自分がなりたい自分でいたいし、自分の行動は自分の頭で考えて、自分で責任を持って生きていきたいと思った。
こうやって、色々宗教について考える機会が得られたことに感謝して、今後もしっかり考えていこう。