ヒッピーさんの日記

文化の多様性に惹かれてから、地球のこといっぱい知りたくなった。

パレスチナ旅行記 〜Part.3-2 パレスチナでの出会い〜

 

ラガット一家には本当にお世話になった。

(夜は一人で出歩けないから)夜の散歩に連れていってくれたり、

ご飯をご馳走になったり、パレスチナの生活を沢山教えてくれた。

 

ラガットが連れていってくれた、ベツレヘムで一番のクナフェも忘れない。

ほんんんんとに一番美味しかった。

 


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そして、

パレスチナでは、ラガット一家以外にもう一人仲良くなった人がいる。

 

彼の名前はスルタンといい、

あのイエスが生まれた降誕教会の近くのお土産屋さんで働いていた。

 

私が毎日その近辺をうろうろしていたし、

よく道に迷っては彼が助けてくれたから自然と友達になった。

ベツレヘム離れてから知ったが、ラガットの事が好きらしい。^^)

 

スルタンは、私と同じ年でまた英語も話す。ラガットに通訳もしてくれた。

彼は昔(パレスチナを支援する)ヨルダンの戦闘訓練の学校に通っていたそう。

戦闘服を来て、銃を構えている、彼の昔の写真を見せてくれた。

 

同じ年のこの目の前の人が、

銃を構えて射撃の訓練を行っているという事実が衝撃だった。

 

彼は私がベツレヘムを離れる際に、

お土産屋さんで扱っている十字架のお守りをくれた。

イスラム教の友達から十字架をもらうのは、なんか可笑しく感じた。

 

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スルタンとは、ベツレヘムを離れてから

メッセンジャーでよく話すようになった。

 

いつも「whats up?How are you?」と聞かれて、

「今はこの国でこんな事してるよ〜〜〜」って写真付きで返信していた。

 

私は、彼が”国を出れない”(パレスチナの人が国外に行くのは相当難しい)

って嘆いていたことを思い出すと、なんか申し訳なく感じた。

自分は同じ年で、平和に、大学に通いながら、世界中を気ままに旅している。

本当に、何不自由ない生活をしていると気付いた。

 

 

彼のことで何よりも忘れられない出来事がある。

それは、私がアルバニア滞在中で、フェスティバルに行く前夜のこと。

 

久しぶりにメッセージがきて、いつものように返事をした。

私も「how's you doing?」って返事すると、

暫くして「生きている心地がしない」と返事が来た。

 

色々聞くと、戦闘訓練の際に背中を負傷したそう。

(訓練にいつ戻ったのか、いまいち理解できなかった。)

そして、彼が送った写真には、ガーゼやら何やらでいっぱいの負傷した背中があった。

 

詳しいことまでわからなかったが、

とにかく大怪我を負い「生きる希望がない」などを言う、

ベツレヘムで仲良くなったあの彼の様子を想像しただけで、とても辛い。

 

自分は何を言えばいいのかもわからないし、何かを言うべきかもわからない。

「早くよくなるように」とか、

「とても痛いだろうね」とか、

返信したものの、何かとても後悔した。

多分何を言っても後悔するのだろうけど。

 

ニュース報道で、”世界の飢餓が”、”幼い子供が働かされている”、とか

そういう現状があることは知っていても、本当に”知る”ことはない。

 

彼の怪我の話を聞き、信じられないけどまさに本当の事なのだと思った。

とても複雑な気持ちになった。

そして呑気に楽しむ自分は一体何なのか、と一晩中考えた。